とあるビーチリゾートの少し奥まったところに、小高い山があった。その山のてっぺんには、まあるいプールのような温泉の海があり、月の海、と呼ばれていた。周りにはほかに高いものはなく、月が昇るとその海に月がきれいに映しとられてしまうので、そう呼ばれているのだった。
月の海は、元々は原住民が使っていた神聖な場所らしい。今でもその月の海の存在は大々的には宣伝されておらず、その存在を知る旅好きなどがこっそりと上っていくという話である。
わたしは何度かそのビーチリゾートへ行ったことがある。しかし、いつもリゾートで遊んでいるだけで、一度も月の海へ行ったことがない。いつもいってみたいなと思いながらも、険しい山道を裸同然の格好で登っていくのかと思うと、危険なように思えて、いつもその山を見上げるだけで終わっていた。
正確に言うと、今回は三度目だった。いつものように海で遊び、ホテルのきれいなプールで遊んでいた。二度目はわたしは妊娠していたのだった。そのため山へ登るのは諦めたのだ。初めてのときは、月の海の存在すら知らなかった。ただ山があるな、上れる高さだな、でも危ないだろう、と思っていただけである。
今回は、連れがあった。ペルー人の友人ふたりが一緒に来ていた。しばらくリゾートで遊んだあと、わたしはふと、月の海の話をした。二人ともぜひ行きたいといい、わたし自身も一度入ってみたいという想いから、今回こそはチャレンジすることにした。
月の海の周りには何もないという。頂上がぽっかり海になっているだけで、あとは崖っぷちだそうだ。わたしはおそらくその景色を写真かなにかで見たことがあり、わたしたちは裸同然の水着のまま行くしかないというように思っていた。
山の麓には、温泉リゾートが続いている。リゾートというより、アトラクションといった方が正しく、洞窟になっているが、そのあしもとにも温泉が湧いている、という場所である。わたしたちは入場券を買い、洞窟の中を温泉をばしゃばしゃいわせながら、のんびりと歩いていった。
温泉を抜けると、山へ登る登山口がある。わたしたちのほかにも数人行くらしく、ここでまた入場券を買わされている。山の麓から頂上までは、それなりに険しい山道を歩くことを覚悟していたのだが、どうやらトロッコのようなもので連れて行ってくれるらしい。登山口の横には、チェーンのフライドチキン屋ができており、以前来たときにはなかったこの店に、この場所も観光地化されてきたことを感じた。
わたしたちは10月3日というスタンプの押された入場券を、自動券売機から受け取り、トロッコのようなジェットコースターのようなものに乗り込む。わたしは、月の海の由来を得意げに友人たちに話して聞かせ、友人たちはわたしのそういった
無駄な知識を賞賛してくれた。
頂上までは一息に駆け上がるのではないらしく、まるでジェットコースターのようにうねうねと曲がり、高いところから麓を見下ろすのは壮快であった。
わたしはその月の海をまるで目の前に見るようにしながら、トロッコにゆられて山を登っていった。
が、ふと目が覚めた。すべては夢であったようだ。しかし、どうしてもやはりわたしはその月の海を知っているし、以前に二度近くまでいったが登らずに帰ってきたとしか思えない。それは、その体験を夢の中でしていたのだろうか。夢の記憶が積み重なっていっているのだろうか。
布団の中でそんなことを考えていると、また目が覚めた。入れ子の夢であった。
月の海の存在自体は疑いようがないように感じる。おそらくわたしはどこかでその写真を見るか、話を読むかしたに違いない。
今こうしていても、わたしは月の海をありありと思い描くことができるが、いつも同じ角度からの眺めである。一度は行ってみたい月の海、一体何処にあるのだか思い出すことができない。
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